水曜日, 6月 28, 2017

モンサンミッシェル、ここに来たかった <地球見聞録>

モンサンミッシェル(Mont Saint Michel)を望む。
浅瀬に立つ孤高の修道士、そんな佇まいです。

草地を巡る風、かすかな潮の薫り、遠く近く、見える風景を手を広げてつかみ取るように俯瞰して五感で味わう。その地に立ったものでなければ分からないその場の空気、そして目の前のモンサンミッシェル。ずっとずっと、ここに来たかった。そして遂に、ここに立ちました。 幸せの味がします。



360度の快感、全視界に広がるこの風景が現実のものであることを味わえる至極の時、到来です。フランス有数の世界遺産が、いま目の前に。



ツール・ド・フランスへの思い

2016年の春、思わぬチャンスから世界一周を心に決めた時、訪れる場所で真っ先に決めたのがこのモンサンミッシェルです。ベルギー勤務中には来れなかった故に是非訪れたかった場所であり、そして、世界最大の自転車レース、ツール・ド・フランスがモンサンミッシェルをこの年のスタート地点としていたことも知っていました。 10年来の夢の場所に向かう、そしてツール・ド・フランスもやって来る。私にとって最高の条件です。念願がかなう日がやってきました。

中学、高校と自転車にのめり込み、その後オートバイに興味が移ってロードレーサーからは遠ざかっていました。それを呼び覚ましたのがベルギー勤務です。自転車とサッカーが国技のベルギーで、出会った友人が貸してくれたKOGAMIYATAのロードレーサー。それが私の心に再び火を付けました。(過去記事「私を覚醒させたKogamiyata」) 45歳のことです。それ以来、レースにのめり込み、スポーツとしての自転車に親しむ日々が戻って来ました。所有する自転車の数もどんどん増え、いまや6台。用途と気分に合わせて乗り換えます。

スポーツとして自転車に乗る者にとってツール・ド・フランスは憧れです。人々は親しみを込めて「ツール」と呼びますが、そのツールとモンサンミッシェルが合わさるなんて夢のよう。最高のチャンスが巡って来ました。


ベルギーの会社に勤めていた2000年代、会社のあるベルギー西部のフランス国境に近い街をベースにしていました。(過去記事「ベルギーってどこ?」)日本からベルギーへの直行便は無いので、成田を飛び立った飛行機はパリに着陸し、そこからTGVに乗って北上してリールLilleという街へ。リールからは都市間列車に乗り換えて国境を越えてベルギーへ入ります。私が住んでいたフランス国境に近いコルトレイクという街から世界遺産のモンサンミッシェルへは直線距離なら500キロほどでした。モンサンミッシェルのその特異な風景に憧れを持ち、行ってみたかったのですが、ベルギーから鉄道で行くにはパリを経由した大回りになるため、週末を利用して足を伸ばして訪れるには時間がかかり過ぎました。その会社の在職中にはついぞ機会は訪れませんでした。


旅人の助言

ツール・ド・フランスは7月ですが、その年の4月、我が家にフランスからの旅人が自転車でやって来ました。彼はヨーロッパの多くの国を走り、至る所でテントを張って寝泊まりした経験を持っています。成田空港から東京の我が家にやって来る間にも、「昨夜は病院の裏にテント張って寝たよ」というなかなかの実力者。


彼が我家に滞在中に相談してみました。グーグルマップを開いてモンサンミッシェルの周辺を航空写真で眺めながら、ここが良さそうじゃないかとテントを張れそうな場所に目星をつけました。町から農道を進み、直角に曲がる角の辺りが良さそう。低く広がる草原越しにモンサンミッシェルを望めそうな絶好の場所です。のちにそこが大正解だったことを知ります。



自転車文化の極み、それがツール・ド・フランス

ツール・ド・フランスは自転車レースであり夏のお祭り、フランスの風物詩です。3週間かけてフランス全土を回って競い合う自転車レース。 自転車文化と認知度が日本人の認識の理解を超えて高いヨーロッパ、その極致であるフランス、その最高峰がツール・ド・フランス、そう考えてもらえば、かの地でこのイベントのステータスの高さが分かっていただけるでしょう。2016年はスイスにもルートを拡大することになっていたので、7月のスケジュールはスイスも加えて、7月25日にゴールするパリへと、都合3か所で観戦出来るようにヨーロッパの国巡りのスケジュールを組んだのです。ツール・ド・フランスを現地で観戦するのは2003年のパリスタート以来の2度目。期待が膨らみます。(過去記事「ツール・ド・フランス生体験」)




ニューヨークからパリ、そしてから最寄りの町、ポントルソンへ

6月を過ごした米国を離れ、ツール・ド・フランスのスタート前々日の夜にニューヨークを発って、早朝にパリのオルセー空港に到着。パリに降り立ったのはこれで何度目だろう。ヨーロッパに入るとなんだかホッとします。

地下鉄で英語が使えることに驚きました。なんと券売機の前の駅員が英語で話しかけてきたのです。そのむかし、フランスの切符売り場では英語は完全無視されました。まるで聞こえないかのようにそっぽを向かれます。仕方なく、ガイドブックに書かれたフランス語でたどたどしく頼めば、突然の反応で切符を売ってくれました。2000年代にはそんな痛い目にあいましたが、時代の変化を言葉で感じます。



今日はTGVには乗らず、一日かけて在来線でのんびり行きます。地下鉄から鉄道に乗り換えて西へ。第二次世界大戦の「世界最大の作戦」で知られるノルマンディーのケーンCaneを通る350キロの旅です。

モンサンミッシェルから一番近い町がポントルソンPontorsonで、5キロほどの距離です。列車を降りバスで町に入れば、自転車の飾りが迎えてくれます。お店のウインドウがこの町も自転車レースを楽しみにしていることを教えてくれます。



ポントルソンPontrsonからバスに乗ってBeauvoirtという小さな村に着きました。ツール・ド・フランスを迎える飾り付けが旅人を迎えてくれます。




地図の道に沿って北上すると、見えてきました。これぞ待ちに待った風景。



通りのお店の窓も自転車でいっぱいです。ツールを心待ちにしていたのが、窓に描かれたひとつひとつから伝わって来ます。



到着したのはもう夕方と言ってよい時刻。でも夏のヨーロッパは日暮れが遅いのです。ゆっくりと街に入り、唯一の売店で食料を仕入れ、フランスパンをザックの横に差し、バゲットのアタマを千切ってむしゃむしゃ食べながら、荷物を背負ってモンサンミッシェルへ歩きます。



島へつながる浅瀬に伸びる長い一本道、なかなか近づかないその道を通って到着した島の足元から見上げる教会は、複雑な造形が重なり合うブリューゲルのバベルの塔の絵を思い出させます。


島に上陸して路地に分け入っていけば、そこは中世の面もち。



テントの隣の住人

一本道を戻り草原を見渡して、グーグルマップをスマホで開き目星の方角を眺めると、遠くにぽつんと、私がテントを張ろうと思っている地点に一台のワゴン車が止まっていました。小一時間、だれもいない農道をとぼとぼと歩いてその角地へ辿り着くと、果たしてそのワゴン車の場所がそこでした。ルーフを上げているとこから見れば、私と同じことを考えているのが分かります。まずはご挨拶してみましょう。



彼の名はRobert。スイスから一人で小型のキャンピングカーでやってきていて、 聞けばフリーの映像クリエイターを生業にしているとのこと。仕事でツール・ド・フランスを取材しに来ていて、日中は女性レポーターとレースや町を取材して、その日のうちに自ら撮影した映像を編集してテレビ局へ送り、夜はキャンピングカーでこの角地に帰ってくるんだと言います。その取材スタイルは軽快そのもので、iphoneと音声マイクだけです。



夜、ライトで幻想的に浮かび上がるモンサンミッシェルを目の前にしながら、二人で贅沢な時間を楽しむ。


2泊の滞在中に、プロが紡ぎ出すドローンも駆使した美しい映像を見せてもらいました。そのドローンで撮ったのが下の写真です。ヨーロッパでこの後も続く数々の人との出会いはこうして始まりました。
(RobertのHPビデオ。)





眺め続けても飽きない、類い稀な風景を我が物にする贅沢。
ファスナーを開ければいつでもそこにあります。





そしてツール・ド・フランスが始まった

空けて翌日、レース当日の朝です。テントのファスナーを開けると、朝日が眩しい。コンディションは整いました。

(次回へ続く)



ではでは@三河屋


  






 




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